桃に思うこと・・・

-------------------マイ、ブーム ------------------


実は昨年末から年始にかけて、事もあろうに大風邪をひいてしまい
暮れ行く除夜の鐘、新年の拝賀式など一通りの年末年始のイベントとはかけ離れた夢の世界にいまして
近年まれに見る最悪な締めくくりと、年の始めでありました事を報告するつもりもありませんでしたが
何となく冒頭にはもってこいかなと思い書かせていただきましたが
皆様はいかがお過ごしでしょうか?

まだまだ世間ではインフルエンザが猛威を振るっていますが、、、。
そんなわけで、新年早々に書こうと思っていたのですが
そうこうグダグダしている内に2月も半ばにさしかかってしまいました。
暦の上では春、、、ホント早いものですね。

さて、そんな年の瀬を迎えようとは予想もしていなかった昨年師走
小一の娘が学校から借りてきた本の事なのですが
日頃子供が借りてくる本に、あまり目を向けたことがなかったのですが
偶然、机の上に置いてあった本の表紙が目に付き、手に取ってしまいました。
タイトルは「おはよう童話」、、、。作者が「東 君平」、、、。
なんだこのタイトルは?という感じと、何となく見たことがあるイラスト
まあ、童話なので何となくそれっぽい表紙は理解できたのですが
本の題名が「おはよう童話」?えっ、おはよう、、、童話?
寝る前に読んでも「おはよう童話」、学校から帰ってきて読んでも「おはよう童話」
いやいや不思議な題名に、なんか変な興味を持ち読んでみることにしました、、、。

と、まあこんな感じで開いた本の目次には
超短編の童話のタイトルが2、3ページにわたり書いてありました。
最初に書いてあった童話のタイトルは確か「おおそうじの日」?だったと思いますが
実は学校へ返してしまったので自信がないのですが
何れにしましても、見開きの2ページ程度の短編童話です。
「おおそうじの日、ネコはどこにいていいのかわかりません、、、。」というくだりで始まり
結局おおそうじの日は、あちこちでそうじをするものだから
ネコ自身、居場所がないという話で、最後にネコがつぶやいたのは
結局日頃からちゃんとそうじをしておけば、おおそうじなんてしなくて良いのに、、、
という、いかにも都合のいいネコらしい一言で超短編の童話が締めくくられていました。

読み始めの「おおそうじの日、ネコはどこにいていいのかわかりません、、、。」
という1行目に惹かれ、すぐに思い浮かぶネコの動作と、普段着のままの何ともいえない読み心地の良さは
たまたま、今までにこういう本と出会っていなかったというだけでなく、何だろう?
っていう、とっても不思議な感覚と「素」になれる心地よさを与えてくれました。
そして2、3話を続けて読んだのですが、逆に何となく違和感を覚え急に読むのを止めてしまいました。
うーん?、、、どういう事かというと、最初に読んだ「おおそうじの日」というタイトルの話が
さっき読んだはずなのに、その不思議な心地よさがどこかに消えてしまっていたのです。
そして、読み終えたばかりの話の不思議な心地よさが、さっきまでの心地よさの上に
上書きされてしまった事に気が付いたのです。
ああ、そいうことか、、、。
変に納得したのは、この童話は1日1話だなって思ったからです。
たかだか2ページくらいの話で、あっという間に読んでしまうのですが
とにかくその心地よさは、おそらく大人も子供も関係なく、もう少し浸っていたいと思うほどの
素肌感覚の、ごくごく自然な心地よい日常生活のスケッチ?みたいな感じで
急いで読むのがもったいないのです。
だから、1日1話にして、毎日味わいたい。
まるで、ウチのおばあさんが好物の枯露柿を毎日1個ずつ楽しみに食べる、、、
そんな感じかなあ?、、、。

それで、あと書きを最初に読むってのも変なんですが、直ぐに巻末をめくって尚更納得。
この「おはよう童話」は、毎朝届けられる新聞に、1日1話として日々掲載されていたらしいのです。
当時「おはよう童話」というタイトルだったのかどうかはわかりませんが
その後、1日1ページずつ読みながら、娘が借りてきたこの童話にハマっています。

図書館への返却日が近づくと、一度返してもう一度借りてきて!って娘にお願いしています。
最近では言い忘れても「おとうさん、借りてきたよっ!」とチョット偉そうに言ってくれます。
このペースで10巻?を読むのは容易ではありませんが、随分と長く楽しめそうです。
そんな不思議な童話を借りてきた娘には、ただただ感謝感謝、、、。








'02. 3. 5 桃に思うこと・・・

-------------------とっても久しぶりなクラス会------------------

チョット前の話ですが新年の1月20日
昨年より計画しておりました昭和54年卒・石和高校3年6組クラス会が
石和町の雨宮食堂(通称アメショク)で行われました。
約20年振りのクラス会という事で、おそらくそれぞれが色々な思いを胸に秘め
会場へと向かったのではないでしょうか。
実はこのクラス会、案内状のタイトルは題名にもありますが
「とっても久し振りなクラス会」
そして、お誘いの文句は「懐かしい面々が集い、色々な思いを胸に膨らませ当時の秘話や
あの時言えなかった事など、、、忘れかけていた物を見つけに
是非、万障お繰り合わせの上ご出席下さいますよう、ご案内申し上げます。」と言った具合でした。
確かに20年振りに会うのですから心身共にそれ相応、中にはそれ以上に
年齢を感じさせるものもいますが(自分が一番そうだったりして、、、。)
意外とみんな変わらずにいたことに、実は少々ビックリしていました。
特に、担任だった長田先生は当時から多少若白髪があった?こともあり
髪の毛が随分と白くなっているにもかかわらず、顔の艶や笑った時の爽やかな笑顔は
何とも言えず、若々しくどこか少年のような印象すら持ちました。
当時の先生は今と変わらぬスマートで実直な感じの非情にまじめな出で立ちで
逆に、まじめそうであるが故に、あまり頼りにならない感じさえしました。
まじめで、熱心でという部分はおそらく今も変わらないと思いますが
この先生、やっぱり思い出すのは「電線音頭」。
1977〜1978頃、当時一世を風靡した伊藤四郎扮する“電線マン”
これにはホント参りました。

高校2年時の修学旅行、奈良・京都・広島方面へ行ったのですが
何泊目かは忘れましてが、就寝前に我々が泊まっている部屋に先生が見回り?に来ました。
見回りと言えば聞こえは良いのですが、部屋に入るなりいきなり一芸披露の命令。
その口調は既に出来上がった状態で、お酒の臭いもプンプンにもう止まらない状態。
一人、そしてまた一人と歌を歌わせられたり、小話などさせられたり
徐々に自分の方へと迫ってきました。
が、幸いにも私は部屋の奥にいて窓際だったお陰で、その窓からベランダ伝いに
スキを見て逃げだす事に成功したのです。
隣のクラスの部屋から出て、難なく事なきを得たとホテルロビーでくつろぎ
もういないだろうと部屋に帰ろうと階段を登ろうとした時
「こらおまえー!逃げたなー、、、、。」「ここでやれー!」
「えっ何を?ですか、、、。」
「芸に決まってるだろう、芸に、、、。」
なんかさっきより酔いが回ってる感じで、テンションも随分と上がってるなー、と
冷静に、見ている私に向けられた言葉は
「電線音頭だー!電線マンをやれー!!」って
周りを見渡すと、その階段付近には就寝前で静かであったはずなのに、我がクラス数名と他のクラス
よその学校の生徒と思われる人達も何人かいました。
まさか、、、、。ホントにここで?と目を向ける先には
その、爽やかな笑顔や、スマートで実直な先生の顔はありませんでした、、、。
まさに、赤鬼の形相でにらみつけ、、、、、仕方なくやらされる羽目になりました。
そう、「電線音頭」を。
こたつがないのでここでやらせて頂きまーす。「電線に雀が三羽とまってた〜」
てな具合で、階段上で見事に舞わせて頂いたのです、、、。
勿論先生は、満足しきった顔で赤みも幾分とれ
さっさと自分たちの部屋へ戻っていったわけですが
あれ以来
長田先生−−−修学旅行−−−伊藤四郎−−−電線マン−−−切ない思い出
という図式で、私の心に深く深く刻まれてしまったのです。
まあ、そんなわけで意外とまじめそうだったあの先生が
お酒を飲むと、結構イケちゃうんだなあと
あれ以来、こんな席で一緒になる時は気を付けようと思いましたが
飲んだ割には特別はじける事もなく
懐かしい話に花が咲き、並べられた料理も殆ど手を付けず
皆満足してお開きとなりました。
「とっても久し振りなクラス会」は忘れかけていたものや
あの頃はやたらと無口だったやつが、実は異常なほどおしゃべりだったとか
誰の方が毛が多いとか少ないとか、ただただ楽しい一時を過ごせました。
取り越し苦労とでも言いましょうか、構えすぎていた先生の荒れ方も
拍子抜けしてしまい、良かったのか悪かったのか、、、。
今としては、チョット寂しかったなーって思っています、、、。

次回は4年後くらいかな?って口々にしていた時
帰り際、先生がひと言
「次やる時は宮川と風間の毛がまだあるうちにやろう!」と
当事者にとってはキツーイひと言でした、、、。







'01. 7. 5 桃に思うこと・・・

-------------------ネーミング-----------------

ある日トマトを食べた、、、。
別になんの想いも、そして何気なく、ただのおかずの一品としてごくごく普通に食べました。
トマトには大変申し訳ないが、なんの感想もなく
あえて言うなら、味は可もなく不可もなくと言った感じで、リコピンが豊富だーぐらい、、、。
まあでも健康には良いよねー、活性酸素?減らしてくれるんだよねー、リコピンは、、、ぐらい。
精々そんなところが精一杯の感想だったんだけど
なんと、ある日見つけた(今風に、「っていうかさー、目に入ってきた感じー」)我が家の軒先、トマトの箱!
何を隠そうその名も「桃太郎」!!侍じゃないよ、、、「桃太郎」。
えー?トマトなのに桃太郎ーー??(今風に「えーマジッすかそれ?」)、、、。
どうしてトマトなのに桃なわけ?って言う感じで、驚きと共に物凄い違和感を覚えました、、、。

その事(名前)は、実は知ってはいましたが、今まで何気なしに通り過ぎていた物が
どういうワケか虫の居所が悪い時に運悪く目にとまり、そりゃねえだろう!って感じで
「ちびまるこちゃん」の、おやじ風に、ブチブチとグチっぽい感じになった次第なのです。
桃太郎っていう名前(品種?)を付けた本当の意味は知らないけど
あえて言わせてもらうと、なにも同じ青果の仲間の字を使わなくても
って思うのですが、、、、だってトマトだよ
トマトなのに桃太郎だよ、桃が付くんだよ、おかしいよこれー。
桃から生まれた、桃太郎に失礼だよねこれは、、。
別に「どんぶらこ、どんぶらこ」と流れてきたのが
大きなトマトだったなら良いんだけど、そうじゃないもんね。
日本の物語100選と言うのがあったならば、きっと選ばれているであろうはずの
桃太郎に、やっぱり失礼だよね、鬼を退治するんだよね確か?

じゃあ桃太郎侍は良いわけ?って
桃太郎侍は、あれは超フィクション時代劇だし
個人的に高橋英樹が好きだから良いんだけど、、、。
そっちの方がもっと勝手だったりして、、。

ともあれネーミングって難しいよね

解った、トマトなのにわざわざ桃太郎って付けて
違和感を覚えさせて印象づける
そうかー、なかなかやるもんだねートマト栽培者も
我々もおちおちしてられないね、何か考えて行かないとね、、。

そんなわけで、いつの日か我が家の畑にも
桃やぶどうの枝変わりで
新しい品種が、突然変異でできないものかと、密かに思うこの頃です。
そんな、あかつきには(ちなみ、「あかつき」と言う桃は既にあります)
山梨特産「みさか白桃ひとめぼれ」とか、、、来るんだろうね、クレームが、、、。


ではまた、近々に、、、。





'01. 3.25 桃に思うこと・・・

-------------------いやー、8ヶ月ぶりです。-----------------

まあ、なんと懐かし、このページ どうしようもないねご主人様は、、。
と、まあそのご主人様なのですが、やっとの思いで
重い腰をあげ、皆様方からのリクエストに応えるべく、そして伝えたい思いをデジカメに込め
桃の開花状況を今シーズン初アップを致したところであります。

そんなわけで、桜の開花もチラホラと聞こえてきたこの頃ですが
どれどれどんな案配かな、石和の畑は?と久しぶりに行く実家の桃畑、すると
な、なんと そこは見慣れた畑なのですが
あるべきというか、当たり前のようにあった隣の柿畑が無いではありませんか、、、、絶句。
ほんと、ただただ、、、、絶句。



桃畑の隣には、毎年大きな実をつける柿畑があったはずなのに
すっかりと宅地用に区画整備がされていました。
ほんの数ヶ月の間にこんなになってしまうなんて、、、。
子供の頃から見慣れた景色が段々と減って行き
この石和(旧富士見村)の町が新興住宅地へと変貌を遂げていく波が
畑続きのこんな所まで押し寄せているのかと、複雑な思いに駆られました。

私が生まれ育った富士見村は昭和36年に(たしか?)当時の石和町と合併し
養蚕、水稲田、蓮田など(後に果樹主体となる)を専業とする
その頃でしたら、どこの地域にもあった農村でした。
殆どの家で井戸を持ち、太い水脈から滾々と湧き出る水口に
当たり前のように大きな口を開け、渇いた喉を潤したものです。
清らかな水が湧き出る地としても知られ、県外の養魚場がこぞって入り込み
ボーリングをして、その水を利用したほどでしたが
乱掘とまでは言わないにせよ、そのお陰で次々と周りの井戸水が枯れていったのも事実でした。
隣町とは言え、変わり行く我が故郷の景色は、緑豊かな田畑から
モダンな色の住宅街へ移り変わり、畑と住宅の入り組んだ中での
農業は非常に難しい問題を映し出しています。

ほんの数ヶ月ぶりに立った実家の桃畑、シャッターをきるたびに
寂しさと、やがて出来上がった住宅に入るであろう人たちの笑顔が浮かび
一昨年の、----'99 桃に思うこと 1968・夏----に書いた思い出を
しっかりと心のアルバムに焼き付けようと再び思いました。

今シーズンの桃の開花情報のオープンにあたり
春らしい、軽やかな思いを書きたかったのですが、本日、目覚めの「サッカー日・仏 戦」でチョイ切れ
そして、住宅開発と個人的にチョット ブルーな一日の始まりで、、、

この埋め合わせは次にと言うことで、、、、。




'00. 7.26 桃に思うこと・・・

-------------もののけじゃなくて、もものけ。-----------

そう、もののけじゃなくて、桃の毛なんだよね。
ウチの娘が2、3歳くらいの時かな?もののけ姫が、もものけ姫になってしまったんだけど
スッポリはまるよね、もものけ姫?もののけでも良いけど、やっぱり
長年、桃の毛と親しんでいる我々からすると、むしろ、もののけより、もものけのほうが
自然だから、なんか最初に聞いたときは変だったよね、、。

さてそこで、「桃の毛秘話」。
皆さんも桃には産毛のような細かい毛があるのを知っていると思いますが
本当に穫れたての新鮮な桃は、大げさな話その毛をかき集めれば
毛玉が出来るくらい付いているのを知ってましたか?
まあ、チョット大げさでしたが、でも雨上がりの濡れた桃の表面を
手で少し拭いてあげると、白く毛が集まって
随分と細かな毛が付いてることを再認識できます。
それで、この桃の毛がいったい何の役目をしているのか?
トマトなどにも産毛があり、その毛は空気中の水分を
吸収する働きがあるなんて、聞いたことがありますが
桃にいたってはどうなんだろうって、、、、。
実はちょっと前に日本各地の小学校の5年生達から手紙やメールをいただきました。
丁度、我が息子と同学年ということもあり、親近感を持って
交わすことが出来たのですが、内容はと言うと
学校の授業で農作物などの学習があり、例えば桃の産地とか葡萄の産地とか
桃はどうしたら美味しく作れるのか?とか、葡萄を売るための工夫とか諸々、、。
色々と実は質問責めにあったのです。
忙しい時期ではあったのですが、何とか知ってる範囲で応えてあげたいと思いまして
メールや手紙にして答えてあげました。
その中で桃の毛についての質問がありました。
なんの意味があるのか教えて下さいって、、、。

私たちは物心付いたときから桃の毛なんて、鼻クソや耳クソみたいな物で
もう当たり前で、あらためてなんの役目をしているのか?
なんてこと、一度も思ったことがありませんでした。
ただ、あえてそう言う風に言われて考えたときに、、
そう言えば、とにかくあの毛は、繊毛のように細かくそして人の肌に付くと、かゆい!
とにかく、かゆい!
そして、昔はとりたての桃なんかを井戸水が流れ落ちる
水盤(字が違うかな?)にいれて冷やしたものですが
その水の中で、ものすごくきれいに銀色に光るんです。
細かい毛に覆われて水をはじく感じで、、、。
体温計の水銀のような色で、、、。
そう、水をはじいたよなーって思い出したのです。

桃は長い間雨に当たると病気になりやすく、腐ったり、菌が繁殖して
一夜にしてカビだらけとかになってしまうのです。
ですから、自己防衛的な要素としておそらく水を弾くように
また、害虫から身を守るためにある物だとあらためて思いました。
本当に普段は、ただかゆいだけの邪魔者的扱いなのに
偶然にも、省みる機会を与えてもらい再認識した次第なのです。

じゃあ、毛がない桃、ネクタリン系はどうなの?ってことになるよね、、。
これは失礼いたしました、毛無し桃さん。
この毛無し桃はホント毛が無くて良いんです。世の中毛が無くて喜ばれるのは
坊主とネクタリンだけ、、、。どうでもいいか?
さて、このネクタリン。ほんとツルツルで表皮がやや硬くしっかりしていて
これなら、逆に水も浸透しにくそうだし害虫も寄せ付けにくい感じで
毛が無いから、ツルツルで硬いのか、ツルツルで硬いから毛が無いのか
良くわかりませんが、なんか変に納得してしまいました。

ともあれ、この桃の毛はかゆくてやっかいだけど
実は、この細かい繊毛のお陰で美味しい桃を食べることが出来るんですね、、、。
もののけではありません。桃の毛です。
良く洗ってから食べましょう、、、。



'00. 6.22 桃に思うこと・・・
-------------momoe?-----------

畑でFMラジオを良く聞いているのですが
最近、Shimano Momoeって言う人の名前を良く耳にするのですが
「momoe」って百恵なのかなあ?
それとも桃江、桃恵、桃枝、うーん、だとしたらダサイよなー。
(この字のモモエさんごめんなさい)
やっぱり百恵だろう!“ももえ”と言えば百恵だよねー。
例えば、石原とくれば、裕次郎だし、矢沢とくれば永吉。
ナベとくれば、やっぱりヤカンだろうし、うーん?調べてみよう、、、。
でも待てよ、この人は山口じゃなくシマノって言ってたよな
だったら 「桃江」 こんなのも、もしかしたらありか?
あー眠れなくなってしまうー!

と、ここまでは昨夜書いたもので、続きを今晩書きます。

結局「momoe」って「嶋野百恵」だったようです。
yahooで調べたら非公式のサイトが見つかりまして
そこに写真入りで書いてあったので、たぶん間違いないと思います。
でも、その方が何歳の人かは知りませんが
年の頃で23、4歳位でしょうか?
ご両親が山口百恵のファンだったんでしょうか?
子供の名前って、結構そんな感じでつけるところがありますよね
かの松坂大輔(たぶんこの字?)の親も
ヤクルトにいた荒木大輔からつけたらしいですよね、、。

どうでもいいことだけど、我が家の長男(竜之介)も実はチョットだけいただいてます。
そう、徳川龍之介。えっ?知らないって!
そりゃ、そうでしょうね。
何年か前に田原俊彦が出ていた「教師びんびん物語」
あの主人公の先生役が「徳川龍之介」なんだけど
この所すっかりご無沙汰の田原俊彦は私と同級生、というか単なる同い年。
まあ、良くて友達の友達?(よくあるパターン)
そんな感じでチョットいただいてますので
最近の彼の存在感のなさにひどく心配しているのですが、、こればっかりはねー。

さて、本当に桃にもなにも、関係のないどうでも良いことでスミマセンでした。
次回は気になる声の主という、またまた桃にも葡萄にも関係ないことを書きたいと思います。


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'00. 5.26 桃に思うこと・・・

-----------初桃?----------

先日息子の同級生の家で栽培しているハウスの桃をいただきました。
形はやや小ぶりながら美味しそうな、優しい爽やかな香りでした。
夜、風呂上がりの食卓に出てきたのですが
あっという間に無くなってしまいました。
お母さんが桃を切って皿にのせフォークをおいた瞬間
息子と娘の壮絶なピーチバトルが始まったのです。
「お兄ちゃんずるーい!」  「かほ!そんなに食べるなー!」  「お兄ちゃんのがひとつ多い!!」
などなど、やっぱり初物かー?そうかー?
いくら売るほど桃を作っていても、やっぱり久しぶりの桃
子供はすっかり素人になっていました。
私は子供をなだめながら、どれどれという感じで余裕を見せながら
先ずは一切れ、うーん旨いねー!
ほほーハウスの桃も結構いけるね!ふむふむ。
そう言いながらもう一切れ、おー優しいよね味が、、、。上品だよね味が、、。
そう言いながらもう一切れ、うーんやっぱ桃だよね
家のは路地(栽培)だからまだまだだよねー。
そしてなにやら不穏な空気
「おとうさんずるいー!」  「あーあ!」  「お母さんのは?」
、、、、、、。
久しぶりの桃に私もすっかり舞い上がってしまい
素人になってしまいました。
段々と膨らみピンポン玉近い大きさになってきた桃に
早く大きくなれよー、早く大きくなれよーって
囁きながら仕事をしている今日この頃です、、、。

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'99 桃に思うこと・・・

----------- 1968年、夏。-----------

桃はいらんかね〜!美味しい桃はいらんかね〜!!
甘ーい桃だよ!いらんかね〜!名調子?だったかなあ。
あの頃、8歳の夏休み。

当時、果樹栽培は今ほど盛んではなくて、野菜や稲作を中心に栽培する
農家が多かった。勿論、我が家もキュウリ、ピーマン
白瓜、トマト、そして田んぼ(稲)とほとんどが蔬菜でした。
ただ、そんな農村地帯ではありましたが、リンゴや桃、そして葡萄の
早期栽培可能地でもあり、3分の1くらいは果樹に切り替わって行った
時期でもありました。我が家も、桃とリンゴは何反か作っておりまして
特に台風シーズンになると、みんなカッパを着て収穫前のリンゴを
まとめてとった覚えがあります。
親の言うなりに畑へ着いて行き、よく桃の収穫を手伝わされたのも、その頃です。
駅弁の売り子を真似て、桃の籠を首から吊し
辺り構わず、「桃はいらんかね〜!美味しい桃はいらんかね〜!!
甘ーい桃だよ!いらんかね〜!」
別に誰かお客さんがいるわけでもないし、いくら声を出しても
隣の畑のおっちゃんくらいしか、「お〜ヒデキちゃん!良い声出てるな!」
って声を掛けてくれる程度で、今時なら朝早くから
子供とはいえ、あんな大きな声で朝から騒いでいれば、それこそ
怒鳴りつけられただろうに、、、。
お手伝いと言えば聞こえは良いが、実際には
「かり出される」「連れ出された」と言う方が正解だろう。
時間に飽き、やがて持ち場を離れて自分の世界へと
人目を気にせず、大声で騒げたあの頃が、やたらと懐かしくて、、、。

“夏が来ーると思い出す”、、、
爽やかな朝の空気、時間と共に滲む汗、桃の毛の痒さと
清流で洗って食べる空腹の桃の味。
そして食べる桃は、決まってかたい桃でした。
1968年、夏。

次回 Vol.2では、その「かたい桃」について書こうかな、、、。

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'98 桃に思うこと・・・

---------- 特権 ---------

毎年、収穫までの長い管理作業の中で、いくつか思うことがあります。
その中でお客様にはチョットずるいかもしれない話を・・・

自分が描く最高の桃を想像しながら、日々作業を行っていますが
自然相手である以上、その年毎の状況によって出来上がってくる物は
まるで違うのですが、収穫までの間は毎年そんな同じ想いで作業にあたります。
芽から蕾、花から実へと移り変わり、その実ごとに大きさや形が違い
勿論味も違ってくるのですが、生育の中でやがてお気に入りの桃ができてきます。
太陽に一番近い所で、丸々と膨らみ満ち満ちとした桃色が弾けんばかりに木の枝にある
まさに、お気に入りの一品。

畑の周りには多くの鳥たちが、カラスもいる。
しらばっくれた顔をしてるけど“狙ってるんだろうな、あの桃を・・・”
こっちは実になる前から管理してるのだから、食われてなるものかと少々鼻息も荒くなる。
丸々と膨らみ満ち満ちとした桃、こういう桃を目指して管理してきたのに
知らない内に、第3者の目になっている。そして
熟すのを待ち、誰にも渡すまいと我先に穫り、近くの灌漑用水でしゃぶしゃぶっと洗い
かぶりつく、うーんやっぱり美味かった!思った通りだ!!変に納得。
この味この感触、誰にも食べさせたくないよねーこんなの・・・へへへ
何よりも大切なお客様に食べさせて上げなければいけない、そういう桃たち?なのに
特権ですか、いやいやこれはお毒味お毒味と特権の正当かをまたしても
乱用してしまったという、たあいもない話でした。


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